番長が旅した37ヵ国の旅行記など。ほとんど一人旅。3年半のイギリス滞在を終え、2010年2月に日本に帰ってきました。


by bancho55a

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日本語を学ぶ人々

出社すると、同僚のWさんが「今夜、空いてますか?」と聞いてきた。彼女のだんなさんはイギリス人で、こちらの大学院で日本史を勉強してるのだが、今日、日本語クラスのクラスメート達と飲みに行くのだという。

ヒマな番長は二つ返事で参加。仕事後、もう一人の同僚、Yさんと3人で大学のパブへ。はい、学生料金で安く飲めますね♪(まあ、雰囲気はゼロだけど。)

そこには、日本語を学ぶイギリス人4人と、彼らの友人の日本人1人がいた。皆、気さくで良い人達ばかり。その中の一人、Aちゃんは、まるでお人形さんのように目鼻立ちが整った端正な顔のかわいい女の子。むき卵のようなつるんとした白い肌に、編みこみで爆発した、まっピンクの髪、モード系の服、と、ちょっと近寄りがたい雰囲気なのだが、

「きてぃチャンカワイイデスネー!!」

バッグはしっかりキティちゃんデザインであった。

ひとしきりそこで飲んだ後、近くの居酒屋で和食に舌鼓を打つ。みんな恥ずかしがってあまり日本語を話そうとしなかったが、とてもフレンドリーで楽しかった。

2日後の金曜日も、またこのメンバーで近くのパブに飲みに行ってしまった。何と、朝の3時まで・・・。ナイトバスで帰ろうとしたが、皆に「それは危ないから」と、むりやりタクシーに押し込まれる。まぁ、確かにそうですね。

なぜこんなに飲むのかと言えば、そう、もう学期末なんですね。彼らは院生だから、これから修論書きに没頭するのだろうか。去年の自分を思い出してちょっと懐かしくなった。
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by bancho55a | 2008-05-28 00:00 | 07.9- イギリス生活 UK

リリース

前回の日記で書いた、子ども兵士のプレスリリースですが、ここに載っています。
http://www.hrw.org/doc/?t=french_children

・・・と思いきや、載ってませんでした^^; ファイル無いし。フランス語のページだし。担当者が間違えて投稿したんでしょうか・・・

内容は以下の通りです。ちょっと直訳調ですが・・・私の訳が悪いのもありますが、反対に、意訳した部分が直訳に直されたのもあります。まあ、文学じゃなくて記者発表なので、流れの良さよりも正確さが大切ですからね。

全体的にわりと悪文ですが、それでもいちおう、「質の高い翻訳」との評価を頂けました。お世辞でも嬉しいです^^

直されたところはいくつかありますが、特に「justice initiative」を、この文脈で何と訳せば良いか分からず「司法関連の・・・」とか逃げたら、「法の正義」となっていたのには、おおーっ、と思ったのと同時に、うーむ、やっぱ人権やるなら法律も分かっとかないとツライんかなぁ・・・?と、ふと思ってしまいました。

しかし何より、タイトルの翻訳がつらかったです。こういう「Fail」の訳語って、日本語に無いよねぇ・・・^^;(ちなみにタイトルは番長訳のまま、見過ごされておりました。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
報道発表 即時解禁/Immediate Release
 (水曜日付各紙用)

子ども兵士問題への国際的な取り組みはいまだ実らず
新しい世界的調査は、子どもが関与する紛争数は減少したが戦闘への参加は止まっていないことを示す

[英文オリジナルは末尾]

(ニューヨーク、2008年5月20日)---子ども兵士の採用を終了させる取り組みは、進展はしているものの、ほとんどの子どもにとってはあまりにも少なく、あまりにも遅い。「子ども兵士の徴用廃止を目指す連合」(the Coalition to Stop the Use of Child Soldiers)は本日発表した子ども兵士に関するグローバル・レポート2008でこのように述べた。

本レポートは、子どもを兵士として使うべきではないとするほぼ世界的な合意があり、かつ、国連をはじめとした国際社会が子ども兵士採用の動きをやめさせようと多大な努力をしているにもかかわらず、なぜ、何万人もの子どもたちを戦争から守れていないのか詳述する。武力紛争が存在する限り、子どもたちは必ずといってよいほど兵士として巻き込まれてしまっている。

本レポートは、世界190ヵ国における有事・平時の軍隊での子ども兵士の採用に関する法律、政策、実務並びに非政府武装組織子ども兵士の使用について記録している。

「子ども兵士採用の惨禍を終わらせようとする国際社会の意思はあるものの、これまでのところ、その努力は失敗に終わっている。」子ども兵士の徴用廃止を目指す連合のディレクター、ビクトリア・フォーブス・アダムはこのように述べた。「法律、政策、実務は、今こそ、子ども達が今後二度と武力紛争に巻き込まれないという現実の実現へつながらなければならない。」

この4年間で、進歩も見られる。子ども兵士の徴用廃止を目指す連合の調査は、子どもが関与した武力紛争の数が、2004年の27件から、2007年には17件と減少したことを示している。サハラ以南のアフリカなどの地域での長期紛争の終焉に伴い、この間、数万人もの子ども達が軍隊から解放されたのだ。

しかし、本レポートはまた、いまだに数万人もの子ども達が、少なくとも24ヵ国・地域の非政府武装組織の中に残されていることを示している。政府による採用数にも、あまり改善は見られない。9件の武力紛争で、政府軍が子ども兵士を使用しているが、これは前回のグローバル・レポート(2004年発表)の10件から、わずか1件しか減少していない。

「既存の努力は、目指した効果をもたらしていない」フォーブス・アダムはこのように述べた。「さらなる進展があるとすれば、子ども兵士は子どもの権利の専門家の問題というだけでなく、紛争予防・解決、平和構築、開発に関わる全ての者にとっての課題であることが認識されなければならない。」

ミャンマーは、未だに、各国政府の中で、最も頑強な法違反者のままである。政府軍は、多くの反政府民族武装組織と長い間交戦状態にあるが、いまだに数千~数万人もの(中には11歳の子どももいる)子ども兵士を抱えている。また、チャド、コンゴ民主共和国、ソマリア、スーダン、ウガンダ、イエメンでも、政府軍が子どもを使用している。パレスチナの子どもたちは、イスラエル国軍に人間の盾として何度も使用されており、また2005年中頃まで、18歳未満のイギリス人数名がイラクで展開していた。

各国政府の国際法上の義務の違反は、これにとどまらない。少なくとも14ヵ国において、子どもたちは国軍関連の補助部隊、当該国の反政府勢力に対抗するための市民防衛軍、または国軍の代理として組織された非合法の民兵や武装組織によって採用されている。

子どもたちはまた、スパイとしても使用されている。国によっては、政府軍へと脱走・投降したり、政府軍に捕獲されたりした子ども兵士は、家族や地域社会のもとに帰るための支援を受けるのではなくて、拘留されることもある。武装組織に関わっていたとされる子どもたちを拘留して虐待・拷問した疑惑がある国の中には、ブルンジ、イスラエル、米国などもある。

「子どもたちが武力紛争に巻き込まれることを阻止するのは政府の義務である。よって、いかなる国も、武装組織が、違法に軍事目的で子どもを使用したり、子どもに対するその他の人権侵害を行うことは、絶対に許されない。」フォーブス・アダムはこのように述べた。

また、少なくとも18の国又は地域で、武装組織が子どもを戦闘に使用している。その中には12歳以下の子どもも含まれ、死や負傷、精神的トラウマなどにさらされてきた。アフガニスタン、イラク、パレスチナ占領地区、パキスタンでは、十代の子どもが自爆テロに使われていた。

「武装組織は、最大の問題だ」フォーブス・アダムはこのように述べた。「国際法は、武装組織が子ども兵士を使用するのを阻止するのには、限られた効力しかない。武装組織の多くは国際基準を軽視し、戦闘力を高めることが最重要事項とされ、他のことには関心を払わない。この現実を直視し、新たな方策を講じるべきだ。」

「子ども兵士の徴用廃止を目指す連合」のレポートはまた、武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)プログラムの計画・実行に関わる人々が、戦闘部隊から子どもたちを解放したり、社会復帰させたりした長年の活動の中でのベスト・プラクティスの数々を見過ごしていると強調する。また、元子ども兵士に対する長い間の支援を支える持続的な資金はめったに得られない。例えばコンゴ民主共和国では、資金が遅れがちで予測がつかない短期的なものであったに加えて、DDRプログラムの計画が不十分で管理も不適切だったため、1万4千人もの元子ども兵士たちが社会復帰のサポートを受けられなかった。

少女たちは、特に不利な立場にある。戦闘部隊に少女たちがいて、戦闘の中及び戦闘以外の場面でも、それぞれの役割を担わされ、性的奴隷、レイプ、その他性的暴力の犠牲になっていることはよく知られている。しかし、少女兵士のほとんどを、DDRプログラムは把握しておらず、公的DDRプログラムにも登録されてはいない。リベリアでのDDRプログラムは2004年後半に終了したが、戦闘部隊に関わっていたとされる1万1千人の少女のうち、公的DDRプログラムに登録されていたのは、4分の1少しだけだった。他と地域と同様ここでも、数千人もの少女が自分の属していた社会に、医療的・精神的・経済的な複雑なニーズが満たされないままに、ひっそりと帰還していた。

「数万人もの子どもたち、特に少女たちは、武装解除や社会復帰の過程で、事実上、無視されている」フォーブス・アダムはこのように述べた。「彼女たちのニーズや脆弱性が認識されていないのではなく、ただ、以前の経験が生かされておらず、それが子どもたちと将来を損なう結果となっているのだ。」

平時の武力としての18歳未満の子どもの採用が引き続き行われており、これが、子ども兵士の採用や戦闘行為への参加を禁止するグローバル・スタンダードへの進展を妨げている。18歳を成人とする国が多い中で、少なくとも63の政府(英国、米国を含む)が、18歳未満の子どもの軍への自発的参加を認めている。投票したり酒を買うには若すぎるとみなされる若い新兵が、軍律に従い、危険行為にさらされ、虐待を受けやすい立場におかれている。貧困を背景に持つ子どもをターゲットとしてしばしば採用が行われている。これは、その政府が、子どもの保護の責務をどの程度認識しているか、軍隊への参加が本当に自発的なものなのかについて疑問を投げかける。

「2012年は、子ども兵士に関する国際条約ができて10年目にあたる」フォーブス・アダムはこのように述べた。「今後4年間に、国際社会は、武力紛争での子どもの使用を終わらせるという公約を履行すべきだ。」

背景
子ども兵士に関するグローバルレポート2008は、2004年4月から2007年10月までの期間を対象としている。197カ国を対象にし、子ども兵士の採用と使用、解放と社会復帰活動、法の正義についての活動等についての詳しい情報を載せている。

「子ども兵士の徴用廃止を目指す連合」は、1998年、主要な人権・人道機関で作られ、子ども兵士(18歳未満の少年少女)の使用の禁止、採用の阻止、武装組織からの解放、市民生活への復帰の促進に取り組んでいる。同連合は多くの地域で、各地の非政府組織(NGO)等の協力団体と共に活動している。

2008年次子ども兵士に関するグローバルレポートは次を参照。
http://www.childsoldiersglobalreport.org

「子ども兵士の徴用廃止を目指す連合」詳細は次を参照。
http://www.child-soldiers.org

[英文オリジナル]

International Efforts Still Failing Child Soldiers
New Global Survey Finds Children in Fewer Conflicts but Still Fighting

(New York, 20 May 2008) – Despite progress, efforts to end the recruitment and use of child soldiers are too little and too late for many children, according to the 2008 Child Soldiers Global Report, launched today by the Coalition to Stop the Use of Child Soldiers.

The report details how a near global consensus that children should not be used as soldiers, and strenuous international efforts – with the UN at the forefront – to halt the phenomenon, have failed to protect tens of thousands of children from war. When armed conflict exists, children will almost inevitably become involved as soldiers.

The report documents military recruitment legislation, policy and practice in more than 190 countries worldwide – in conflict and in peacetime armies – as well as child soldier use by non-state armed groups.

“The international community’s commitment to ending the global scourge of child soldiering cannot be doubted, but existing efforts are falling short,” said Dr. Victoria Forbes Adam, director of the Coalition to Stop the Use of Child Soldiers. “Laws, policies and practices must now be translated into real change to keep children out of armed conflict once and for all.”

There have been positive developments over the past four years. The coalition’s research shows that the number of armed conflicts in which children are involved is down from 27 in 2004 to 17 by the end of 2007. Tens of thousands of children have been released in that time from armies and armed groups as long-running conflicts in Sub-Saharan Africa and elsewhere have ended.

But the report shows that tens of thousands of children remain in the ranks of non-state armed groups in at least 24 different countries or territories. The record of governments is also little improved – children were deployed in armed conflicts by government forces in nine situations of armed conflict, down only one from the 10 such situations recorded when the last Global Report was published in 2004.

“Existing strategies have not had the desired impact,” said Forbes Adam. “If further progress is to be made, it must be recognized that child soldiers are not only an issue for child rights specialists, but should be on the agendas of all those involved in conflict prevention and resolution, peace-building and development.”

Myanmar remained the most persistent government offender. Its armed forces, engaged in long-running counter-insurgency operations against a range of ethnic armed groups, still contained thousands of children, some as young as 11 years old. Children were also used by government forces in Chad, the Democratic Republic of the Congo, Somalia, Sudan, Uganda, and Yemen. Palestinian children were used on several occasions as human shields by the Israel Defense Forces, and a few British under-18s were deployed to Iraq up to mid-2005.

The failure of governments to adhere to their international obligations does not end there. In at least 14 countries children have been recruited into auxiliary forces linked to national armies, local civilian defense groups created to support counter-insurgency operations, or by illegal militias and armed groups used as proxies by national armies.

Children have also been used as spies. In some countries child soldiers who have escaped, surrendered, or been captured by government forces were locked up instead of receiving support to return to their families and communities. Burundi, Israel, and the United States were among the countries where there were allegations of ill-treatment or torture of child detainees alleged to have been associated with armed groups.

“Given government obligations to protect children from involvement in armed conflict, there can be no excuse for the armed forces of any country unlawfully using children for military purposes or for committing other human rights violations against them,” said Forbes Adam.

Children have also been used in combat by armed groups in at least 18 countries or territories. These children, some 12 years old or even younger, were exposed to death, injury, and psychological trauma. In Afghanistan, Iraq, the Occupied Palestinian Territories, and Pakistan teenagers were used in suicide attacks.

“Armed groups pose the greatest challenge,” said Forbes Adam. “International laws have had limited impact in deterring child soldier use by armed groups. Many groups attach little value to international standards and the need to build fighting strength overrides other considerations. This reality must be confronted and new strategies developed.”

The coalition’s report also highlights that years of accumulated best practice on releasing children from fighting forces and assisting their rehabilitation and reintegration is being overlooked by those involved in designing and implementing disarmament, demobilization, and reintegration (DDR) programs. Sustained funding for the long-term support of former child soldiers is also rarely available. In the Democratic Republic of the Congo, for example, delayed, unpredictable and short-term funding, combined with poor planning and mismanagement of the DDR program, meant that some 14,000 former child soldiers were excluded from reintegration support.

Those who lose out most are girls. The existence of girls in fighting forces, in combat and non-combat roles and as victims of sexual slavery, rape and other forms of sexual violence, is well known. Yet the overwhelming majority of girls soldiers are not identified by and do not register in official DDR programs. In Liberia, where the DDR program ended in late 2004, only just over a quarter of the 11,000 girls known to have been associated with fighting forces registered in the official DDR program. Here, as elsewhere, thousands of girls returned to their communities informally with their complex medical, psychosocial, and economic needs unmet.

“Tens of thousands of children – particularly girls – are effectively rendered invisible during the demobilization and reintegration process,” said Forbes Adam. “It is not that their needs and vulnerabilities are unrecognized – it is simply a failure to apply lessons learned that is failing these children and their futures.”

Progress towards a global standard prohibiting the military recruitment or use in hostilities of children is hampered by continued recruitment of under-18s into peacetime armies. At least 63 governments – including the United Kingdom and United States – allow voluntary recruitment of under-18s, despite the age of adulthood being set at 18 in many countries. Young recruits considered too young to vote or buy alcohol are subjected to military discipline, hazardous activity and are vulnerable to abuse. Active targeting of children, often from deprived backgrounds, raises questions on the depth of these governments’ commitment to child protection and whether such recruitment can be genuinely voluntary.

“2012 will mark the 10th anniversary of the enactment of the international treaty on child soldiers,” said Forbes Adam. “Over the next four years the international community must make good on its pledge to end the use of children in armed conflict.”

Background

The Global Report covers the period from April 2004 to October 2007. It contains detailed information on military recruitment and use of child soldiers, release and reintegration initiatives and, where relevant, justice initiatives in 197 countries.

The Coalition to Stop the Use of Child Soldiers was formed in 1998 by leading human rights and humanitarian organizations. The coalition works to end the use of child soldiers – girls and boys below the age of 18 – to prevent recruitment, to secure their release from armed forces and groups, and to promote their return to civilian life. The coalition works with partners and local nongovernmental organizations in many regions.
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by bancho55a | 2008-05-23 00:00 | 07.9- イギリス生活 UK

深夜のクロイドン

18(日)の深夜、ロンドン中心地のヴィクトリア駅から、自宅のあるストレッタムへ帰ろうとした時のこと。

電車表示を見ると、23:50頃に、イースト・クロイドン行きの電車がある。あ、これ、いつものやつだなぁ、途中、ストレッタムに止まるよなぁ・・・と思い、乗り込んで、席に座って日本語のフリーペーパーを読む。

「なんだとぅっ!!」

ある記事に目が釘付けになる番長。今秋から、イギリスの労働ビザ発給がさらに厳しくなるのですが、「まずどう考えても番長の現況では、ビザの更新は無理」な条件が追加になったという記事があったのです。(何の条件かといえば、年収です。貧乏人はダメだってさ!!)

「やばい・・・やばいやばいぞぅー」

青くなって他紙の同じトピックの記事を探し回る番長の耳に、

「次は~、イースト・クロイドン~、イースト・クロイドン、終点です」
「なぁーーーんだとうっ!!!」

一瞬、あっけに取られる番長。え、な、何で?何でストレッタム駅を飛ばしたの?何でもう終点なんかに来ているのーー!!

どうやら、同じ「イースト・クロイドン行き」でも、各駅と快速とあり、私は間違えて快速に乗ってしまったらしいのでした。

ホームに下り、慌てて反対方向の電車を探す番長。と、向かいのホームに「ロンドン行き。途中、ストレッタム停車」の文字が。

「ふぅ~、助かったよぉ、あと20分待たなきゃいけないけど、ま、OK、OK」

ベンチに座り、夜の寒さに震えながら待つこと10分。

突然、電光掲示板に「Correction(訂正)!!」の文字が躍った。

「ゲッ!」

私の大嫌いな文字です。

その後の画面で、その電車は見事に、削除されていました。キエーーーッ。

乗務員室に駆け込み、「ス、ス、ストレッタム行きの電車はーーーっ!」と叫ぶ番長に、優雅にコーヒーを飲む駅員が

「おやおや、もうそんな電車は無いよダーリン」

あたしはオマエのダーリンじゃねえ。

外に出て、60番のバスを探せという指示に、とぼとぼと駅舎を出る番長だったが、

(あらっ・・・えーと、ちょっとヤバい?)

クロイドンには移民局があるため、少しガサガサした町ではありますが、いつもは特に危ないこともない。しかしさすがに深夜0:30ともなると、様相が変わっていた。日曜の夜だけあって、まるでゴーストタウンのように、トラムも、バスも、車も走っていない。人もほとんどいない。いるのは明らかにヤバそうな黒人男性ばかり。白人もアジア人も女性も、全くいない。しかも私のカッコウと来たら・・・今日に限って、超フリフリのフェミニンなドレス姿。

(まあでも、何とか60番のバスを探さないと・・・)

駅前のバス案内を見つめる番長。ほどなくして、一人の男が近づいてきた。

「わーやばいやばい、こいつ明らかにヤバい。」

慌てて逃げる番長。しかしバス停の場所が分からないと、どっちに歩いて行ったら良いか皆目見当が付かない。困ったまま歩き続けていると、向こうから別の男がやって来た。

(コイツもヤバそうだけど・・・でももうしょうがない。少なくとも、ここにいる他のやつらより身なりは良いから、少しはマシだろう)

番「ねえ、あのさー、60番のバス停ってどこか知ってる?」
男「え?60番?あーあー、ストレッタム行きね。えーっと、この道まっすぐ行って左だよ」
番「あっそー、ありがと!」
男「君、何人(なにじん)?」
番「日本人だけど」
男「へー、そっかそっか、ねえ君、彼氏はいるの?」
番「うん、もちろん!!」

こーいう時は、たとえいなくても「いる」と答えなきゃね。

男「あっそ。じゃあいいや。この道をまっすぐで、右だから。」

い、い、いまさっき、左って言ったじゃんかよぉーー!

しかしこれ以上ツッコんでも面倒くさくなりそうなので、そのまま歩き続ける。とりあえず、左に曲がってみると、おお、バス停があった。・・・が、60番ではない。

(でも、これでどこかまで行って、そっから乗り換えて・・・とかできないかなぁ・・・でも次のバスは30分後かぁ・・・)

仔細に地図と時刻表を眺めていると、道の向こうから、私めがけて近づいてくる男が。

「わぁっ!!今度こそ、ほんっとーーーにヤバいっ!!」

もう、明らかに、おかしいのだ、その男。全身から「怪しいオーラ」がほとばしってる感じ。

慌てて大通りに向かって歩き出す番長。(ちなみに、そこの道には、番長とその男の2人きりだったのです。えへ、あぶない♪)

しかし、男も負けずにヒタヒタと後を追ってくる。うぇー、こりゃぁ、60番のバス停が見つかっても、バス待ちの間に殺されそう。

「タ、タ、タクシー!」

というわけで、仕方なく最終手段に出ました。止まったタクシーの運転席を覗き込むと、

(げぇ~・・・スキンヘッドの兄ちゃんだ・・・)

スキンヘッドの方々は、人種差別を好む傾向にありますわよね、オホホ。

でも仕方ないので乗り込み、ドライブの間中、いつでも扉を開けて逃げられる準備体操を。でも、逃げても・・・無人の住宅街で助けてくれる人がいるものか??

などと自分で自分を追い込みながら、無意味に緊張すること15分。

「ストレッタムは、駅の辺りでいいの?それとも・・・」

ぶっきらぼうに、しかし優しく尋ねる兄ちゃん。おお、良い人であったか。

というわけで、思いがけない深夜のクロイドン旅行が終わりました。旅行費用は、タクシー代・・・4000円。うぅ。。。(え?クロイドンまでの乗り越し費用はどうしたかって?あらあら、オホホ)

電車に乗るときは、ちゃんと停車駅を確認しましょう。
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by bancho55a | 2008-05-23 00:00 | 07.9- イギリス生活 UK

ベルギー旅行

4泊5日で、ブリュッセルに行ってきました。と言っても、実質3日間ですが。ちなみに、これが旅した29ヵ国目になります。

5月23日(金)
仕事が終わった18:30に会社を出て、ヒースロー空港へ。今回はたまたまファースト・クラスのラウンジを利用できたので、束の間のセレブ気分を味わう。・・・飛行機の座席はエコノミーなんだけど(だってマイレージ特典ですもの^^;)

飛行機は20:30発。ブリュッセルまでは1時間ちょっと。時差があるので、23時近くに到着。街の中心近くにある、カフェ・パシフィックというデザインホテルへ。とても小さいので、「ブリュッセルに住んでる」気分になれるホテルです。この日は時間も遅いので、夕食も食べずにバタンキュー(←懐かしいでしょうこの表現)でした。


5月24日(土)
実は、旅立つ前の木曜日に、去年、大学院で一緒の授業を取っていたフォウク(一部の皆さんに熱烈なファンを持つ危険でフレンドリーなドクロ女)から、昔のクラスメート達に、「5月27日からブライトンに行くよ!」とメールが入ったのです。素晴らしいタイミング、なぜならフォウクはベルギー在住のベルギー人なのだ。きっと私の事なんか忘れてるだろうなーと思いつつ、「実は週末にベルギーに行く予定で・・・」とメールしたら、「えー、私はその時オランダに行くんだよ!」とがっかりするメールが。

今日の午前中なら、ブリュッセルの近くの都市、ゲントにいる、ということだったのですが、行けなさそうなので、電話してみることにした。ドキドキ・・・あ、電話がつながった。笑いを含んだ声が返って来る。

「エロー!」

ちゃんとハローと言いなさい、ハローと。
久し振りのフォウクの声。全然変わってない、しゃがれ声だった。「ちょうど今、番長にメール書いてたんだよ!」とのこと。ゲントには行けない、ブリュッセルで会えなくて残念だ、と伝えると、「そうだよねー、私もこっちにいれば、いろいろ案内してあげられたのに・・・そうそう、マトンギに行きなよ!」と言う。

そんな場所はガイドブックに載ってませんが。ホテルの人に聞くと、地図で教えてくれた。アフリカ系の地域だという。フォウクらしいなぁ。

ということで、いざ観光に出かける。ブリュッセルの街は意外と小さく、歩いて回れます。まずはブリュッセルと言えばこれ、グラン・プラスへ。素晴らしい建築に囲まれた広場ですが、事前の期待が大きすぎて、それほどは感動できませんでした・・・。それでも建物は美しい。
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国旗とEU旗を掲げた市庁舎や、
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王の家、
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私の大好きなガーゴイルちゃん。
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それからてくてくと歩き続け、プチ・サブロン広場で一休み。また歩き出して、エグモン公園のオランジュリーのレストランでランチ。屋外の席では、周りの濃い緑と爽やかな風が、気持ちのコリをほぐしてくれ、すみずみまでのびのびとさせてくれます。

また歩き出し、いよいよマトンギへ。おおー、明らかに、ガラッ!と変わる雰囲気。黒人しかいないエリアでかなり浮いてる番長であった。ちょっと危険な匂いもするが、「お行儀の良い」他のエリアと比べて、ずっと生き生きとして、個性的なエリアでした。うむ、さすがはフォウク。

それから王宮を見て、ブリュッセル公園で一休みして帰る。

一日歩いた疲れがどっと出て、そこからいきなり4時間ぶっ続けで寝てしまった。起きると、外がかなり暗くなってきている。やばい。時計を見ると夜9時半。お腹が空いたので、また外へ。しかし、ラストオーダーの店も多く、困ったなぁ・・・と思っていると、1軒のレストラン?パブ?みたいなところがあった。

とりあえず入り、パスタとビールをオーダーする。ベルギーといえばベルギービール。私が一番好きなビールです。でも、小さなグラスでしか出さないし、ビンも小さいんだよね。「大きいサイズは無いんですか?」と聞くと、店の主人が

「お客さん、覚えときなよ、ベルギービールは小さなボトルで飲まないとダメなんだ。大きなグラスなんかに注いだら、飲み終わる前に泡も香りも消えちゃうじゃないか。もしどこかで大きなボトルを見つけたら・・・そりゃぁ、観光客の為にどっかから輸入したビールだね!」

このご主人、その後もたまに話しかけてくれ、なかなか楽しくて良い人でした。

5月25日(日)
今日のメインイベントは美術館です。王立美術館・・・そこには、私の愛するベルギーの画家達、アンソール、クノップフ、マグリット、デルボーのシュールで神秘的な絵が♪もっと過去のでも、ブリューゲルとか、有名な画家達の良い絵があるのですねー、つい何時間も過ごして堪能してしまいました。

それから植物園があるというので、行ってみたのですが、これはちょっと期待はずれでした・・・。

夜は、ホテルの人にお薦めのレストランを聞くと、「シェ・レオン」に行けとのこと。おお、それって地球の歩き方の最初に出てるやつですな。ということで行ってみる。

ここも外にテーブルを出している。道の両側にレストランが並び、その外に、テーブルが所狭しと、道の奥までどこまでも続いている。暖かい明かりがキラキラして、なぜかちょっと懐かしいような(小さい頃見た、お祭りの夜店のような・・・)、とてもうきうきする光景でした。
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そして、ベルギーといえばムール貝ですね。やっぱ本場は美味しいっ!!ベルギービールと絶妙な取り合わせ!もう、もう、幸せ一杯でした。


5月26日(月)
ベルギーの有名人物、小便小僧を見るのをすっかり忘れていました。

「世界の三大ガッカリ」

というので有名な小便小僧ですが、確かにあまりにも小さく、わざわざ見に行く価値は・・・。

その後、ちょっと通りすがったこぢんまりしたレストランでランチを。ベルギービールに、オニオンスープ、パスタを注文したのですが、このオニオンスープが絶品!!

それにしても、これは皆さん口を揃えて言う事ですが、なんでベルギーの食事って、なんでもかんでもあんなに美味しいんでしょうね!?「ハズレ」というものが全く無い。ホテルの朝食もすごい美味しいんですよ。ただのパンが、非常に。コーヒーをたのむと、これまたコーヒーをあまり好かない私でもうなるほど美味しいし。ジュースをたのむと、いきなりオレンジを絞ってくれるし。「食」に対する熱い想いがあるのですねー。イギリスから来るとね、ほんと、ここ、天国ですよ。

その後、ベルギーといえば(こればかりだが・・・)、の、チョコレートを購入しに。ノイハウス、ゴディバ、ピエールマルコリーニが並んでるチョコレート通りへ(そんな名前ではないが)。ゴディバはロンドンでも買えるので、取りあえずあとの2軒で買うことにした。ピエールマルコリーニは、日本ではとても買えない値段だけど、ここでは非常に安い!! 詰め合わせの大箱が3000円位(日本なら2-3倍すると思う)。

ノイハウスのチョコは、私、大好きなのです。これまた、量り売りで、200グラムで5ユーロ(800円位)と激安。箱一杯に、トリュフだの何だの20個位詰めてもらって、たったの2000円!これまた、日本では2倍以上しそう。チョコ中毒の番長、大感激です。いい国だー。

それからまた街をあてども無く歩き、また疲れ果てて、今日はホテルの隣のタイ・ベトナムレストランへ。これは残念ながら、いまいちでした。でもスープ(カニとアスパラガス)と、デザートのチョコアイスは絶品でした。

5月27日(火)
今回、26(月)がイギリスの祝日だったので、この4泊5日旅行を決行したのです。そして番長はパートのおばさんなので、会社は午後1時までに行けばOK。というわけで、今日は朝早くホテルを出て、帰るのでした。行きは夜ということもあってタクシーでホテルまで行ったけど、帰りは国鉄で。またもやファースト・クラスのラウンジで、ベルギービールをお持ち帰りする番長(←貧乏根性が抜けない)。

ロンドンに帰り、その足で会社へ。早速おみやげのチョコを配り、自分も食べると・・・

「おいっすぃ~!!」

日本で食べるノイハウスよりも断然美味しい。そうだよな、あれは日本まで空輸してるんだろうからな、こっちの方が新鮮なわけだ。

ベルギーは本当に良いところでした。食事を楽しむだけでも、また行きたいくらいです。ぜひ。
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by bancho55a | 2008-05-23 00:00 | 08.5 ベルギー Belgium

子ども兵士について

先月のブログで、アメリカの某NGOの、イギリス支部でのインターンに応募し、日本で面接と翻訳テストを受けたというややこしい話を書きましたが、実は今月初め、めでたくProvisional Offer(内々定)を頂くことができました。面接は意外とイケたと自分でも思うのだけど、翻訳テストがさんざんだった(と思う)ので、てっきり落ちたと思い込み、一人で勝手に10日ほど落ち込んでいたので、正直、とてもうれしかったです。

しかし、リファレンス・レター(推薦状)が通って初めて採用決定になるので、その手続きを進めているのですが、先方担当者の不在等もあって(2週間も休み取るんじゃねえ!)、いまだに結果が出ず・・・。1通は大学院の教授(ナイジェル師匠)にお願いしてるので、もし彼が変なレターを出してしまうと、そこでアウトなわけです。(実際、ひどい推薦状を出す教授っているらしい。そして、推薦状が通らなかった為に不採用になった友人もいる)。

というわけで、また悶々とした日々が、既に15日続いてます・・・。応募してから、既に1ヵ月半・・・気持ちを切り替えようと思うのですが、どうもスカッといきませんな。そりゃ、ストレスもたまるわけです。

ところがそこへ、日本支部から、フライングで仕事の依頼が来てしまいました。面接でお会いした、日本代表の才媛弁護士さんから、「インターンには番長さんを推薦しておいたのですが、手間取ってますね・・・ところで、下記の翻訳を、ぜひ番長さんにお願いしたいのですが?」とのこと。

なぜ私にお願いしたいかといえば、そのトピックが、「子ども兵士」問題だから、なのであります・・・。そう、私の修論のタイトル。実際、修論を書いているときは、ここのNGOの資料をかなり参考にしていた番長。このたび、このNGOも参加している組織が、数年ぶりに子ども兵士についてのグローバル・リポートを発表したので、それについて日本で記者発表したい。ついては、プレスリリース資料を日本語に翻訳してくれないか、というもの。

私にとっては願ってもない仕事です!・・・って、あ、もちろんインターンなので報酬はゼロですが、そんなの関係ねえ!

とういことで、急遽、週末をつぶして取り組むことにしました。なに、たいした量じゃない(A4で5枚)から、3時間もあれば終わるだろうと思いきや・・・良い表現探しに手間取り、気づいたら6時間もかかってしまった・・・!!こんなに能力不足な私、恥ずかしくてイギリスの大学院出たとか言えないし・・・。

それにしても、久しぶりの充実感でした。やはり、大学院の勉強や修論書きは、どうしても自分の中だけの狭い世界で終結してしまうので、こうやって少しでも、自分の勉強したことと世の中との関わりが持てるのは本当に嬉しいし、こういう機会が自分に訪れた事については、(何をどこに感謝してよいか分かりませんが、)本当に感謝、の一言です。

さあ、これでインターンも無事決まると良いのですが・・・
5月23日現在、まだ連絡はありません。そして私は今晩から、4泊5日のベルギー旅行に行って参ります・・・。
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by bancho55a | 2008-05-18 00:00 | 07.9- イギリス生活 UK

夏の夕暮れ、散歩

5月12日
イギリスの夏は日が長い。仕事が終わる午後6時半でも、「まだ4時くらい?」てな明るさだ。この透き通った空気と、清涼感のある(つまり、少し冷たい)微風。夜8時頃になると、さすがに日も暮れてきて、空気に美しい桃色が混ざってくる。そしてだんだん青みがかって暗くなっていく。

晴れた日は毎日、この繰り返し。それが飽きない。飽きないのは私だけではないようで、この時期、公園には人がワンサカ繰り出し、何する事もなく、ただ無為に時間を過ごしている。

公園を歩いてから帰ろうとウィリアムが言う。私の働くドレイ・オフィスの横丁を入って1分、そこには広大な公園が広がっているのだ。ロンドンのど真ん中にある、ケンジントン公園とハイド・パーク。その昔、ダイアナ妃とチャールズ皇太子が住んでいた、ケンジントン宮殿(だったか?)の庭に入り、湖をぐるっと半周し、いつまでもテクテクと歩いていく。

ケンジントン宮殿の前で、ワンコ達の散歩をする人。
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番長の勤務するドレイ・オフィス。ここで200人ほどのドレイたちが働いています。お菓子の家のようだ、と、時々思う。
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ウィリアムは、週に2日は自転車、2日は車、1日は地下鉄というわけわからん通勤形態をとっていて、今日は自転車の日だったので、荷台にカバンを載せてもらい、手ぶらで公園を歩く。その気持ち良いこと!私は本当にイギリスの夏が好きだ。

1時間弱歩いた後、ウィリアムは自転車で北へ。私は地下鉄で南に下がる。日本人コミュニティの「売ります・買います」コーナーに出品していた人のお宅へ。新品のサンダル2足と、日本の古い雑誌(イギリス特集)や本など8冊、しめて2500円でお買い上げ。貧乏番長の部屋は、こんな「お下がり」グッズで溢れています。


5月14日
午前中に、これまた日本人コミュニティで見つけたマッサージをしてくれる人のお宅に行く。1時間で4200円くらいなので、安いですね^^ でもちゃんと資格も持っている人です。アロマオイルの香りに夢見心地・・・。

「イデデッ!」

足の、ふくらはぎの横辺りが痛い。何でこんな所が?

番「こないだウォーキングしたからっすかね、ハハハ」
マッサージの方「いえ、ここはどちらかというと、姿勢をキープする筋肉です。重いものを持ったりとか、腰が悪くてかばうようにしたりとかで使ってるんじゃないでしょうか?」

ほおー。そしてマッサージ後、

「会社でイスに座る時、○○といったような、変な姿勢をとっていませんか?」

ゲッ、まさにその通りでございます。

「最初にうつぶせに寝て頂いた時にそれが分かりました。もっと腹筋を使って、正しい姿勢を取るように心がけて下さい。」

ハイッ。

番「ところで、肩って、凝ってました?」
マ「ええ、すごかったですよ!ご自分で気づかれなかったんですか?今は、1週間に1度はマッサージを受けた方が良いです。それで良くなって来たら2週間に1度でも大丈夫ですが。」

最後に、今日は水分をたくさん取って、悪いものを排出するように、そうすれば揉み返しもこないですよ、と言われた。マッサージも気持ち良かったけど、いろいろなアドバイスも良かったです。

今日は朝から、少し風邪気味の上に、目の持病が出そうになっていたのですが、マッサージを受けてだいぶ改善!結局風邪を引いてしまったものの、熱も出ずにあっさり治ったし、目の症状も治まってしまった。

さてさて、最寄り駅のペッカムに向かう。ここは、警官のエドいわく「今、ロンドンで一番危ないところ」。まあでも、お昼だから大丈夫ですね。その隣のイースト・ダリッチ(先日オンカと飲んだところ)は、ロンドン南部でも隠れ家的なおしゃれなエリアなのに、不思議・・・。まさに「モザイク都市」ロンドンならでは、高級エリアと危険エリアが隣り合ってるのです。

ペッカムの駅前に行くと、おおー、なるほどね、という具合に、確かにちょっと荒んだ雰囲気だった。でも、そのイメージを払拭しようと、最新デザインの図書館もあったりするそうです。今度、時間がある時に歩いてみたい(もちろん昼間に、ね。)

さて、宣伝でございます。日本で新聞の新規購読をお考えの方、「いつもと違う新聞を読んでみたいなぁ?」なんて思った方、ぜひ番長までご一報下さいませ^^
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by bancho55a | 2008-05-12 00:00 | 07.9- イギリス生活 UK

ハムステッド・ヒースのウォーキング

今日はいつもの日本人ウォーキングの会で、ハムステッド・ヒースに行きました。何やら素敵な巨大公園と聞いてたので、一度は行ってみたかったのです。

そこへ行くには、地下鉄ノーザン線かオーバーグラウンド線で。ウフッどっちで行こうか迷っちゃうわぁー、と思ったけど迷う必要は無く、この日はどちらも動いてなかった_| ̄|○ いつもの事ながら、ナントカしろ、ロンドンの交通機関。どう考えても、両方いっぺんに止めることはねえじゃんかよ。

このように、工事などで交通機関が止まると、代替バスが運行する。動いてない部分と同じ区間の、各駅の入口をつないで走っていく。もちろんタダ。ということで、今日はこれを利用しました。

今日は何と、30人以上もの参加者が!!ゾーン3という便利さ、初心者にも優しいコース、おまけにお天気に恵まれたせいでしょうか。その中に、このブログでお知り合いになったpepoさんもいらした。これまでメールのやり取りだけだったので、実際にお会いできて嬉しい!^^そして、一人参加の私、食事の時とか仲間に混ぜて頂いたので、寂しい思いをしなくてすみました^^

今回は公園のウォーキングだから楽だろう・・・と思い、実際その通りだったのだが、最後の方で高所に登る部分があり、その坂はちょっとキツかったっす・・・。しかし、頂上(?)からはロンドン市内が一望の下。素敵ざんす。
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10時に始まったウォーキング、途中休憩も含め、6時間後の4時に解散。その後、近くのパブに飲みに行く。こういう暑い日の夕方は、これに限るでしょう?ということで、ピムズをオーダー。こちらに来るまで知らなかったのですが、これが美味しいんすよ!ピムズという赤いお酒をレモネードで割り、生フルーツとかきゅうりをたっくさん入れた飲み物で、甘くてフレッシュで、お値段ちょっと高めですがお薦めです。サングリアとかフルーツパンチみたいな感じかな。

クタクタになって帰還すると、エド、ハファ、Kちゃんが庭でバーベキューをやっていた。といっても既に終わっていたので、唯一残っていた、Kちゃんが作ったヤキソバの残りをもらった。ウマい。イギリスの夏の夜はいつまでも明るくて良いですねぇ・・・^^
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by bancho55a | 2008-05-11 00:00 | 07.9- イギリス生活 UK

大家登場

3日前、携帯にメールが入った。大家のオンカからで、週末にロンドンに来るので会えないかと言う。

オンカはバーミンガムに住んでいて、普段あまりロンドンに来る事はない。私がこの家に引っ越した時も、オンカとは携帯電話で話したり、携帯メッセージでやりとりしたのみで、契約書も交わしていない。敷金を払った時は、さすがに領収書が郵送されてきたが、その他に紙ベースでのやり取りは、ビザ更新の際に住所証明をもらったきりだ。

これまで電話でやり取りしたのも、入居時に自室のカギが無かった(ありえへん・・・^^;)ので、つけてもらうよう、『何でも屋』のガーフィールドに連絡をしてもらったり、私が部屋の照明をもっと素敵なのに替えたいから、ガーフィールドに無料で付け替えをお願いしたい、とかいった程度のみ。あ、あと、先日、不動産鑑定人がこの家を鑑定しに来たので、「まさか売るから出てけとか言うんじゃないでしょーねー」みたいなジャブかましたりとか。。。

オンカについては、ロンドンに、この家以外に数軒を所有している事、いろいろなビジネスを手広くやっている事くらいしか知らない。それと、昔はかなりヤバい仕事をしていたという事・・・。

そんなこともあって、オンカがこっちに来た時はぜひ会いたいと思っていた。オンカも、いつも来る、来ると言っては来ないオオカミ少年なのに、珍しく「今週末」と指定してくるところを見ると、今度こそ本気らしい。タイミング的に、エドとトペのケンカの事かな?というのも何となく想像がつく。今の状況で、オンカを前にハウスメイト6人が引きつった顔で一堂に会して飲んでるところを想像すると、ちょっと気味が悪いけど・・・。

Kちゃんは今、携帯が無い状態なので(3週間前、パブでバッグを盗まれ、カギ、パスポート、財布、携帯、iPodなどを盗られてしまった・・・)、伝えると、あまり乗り気のしない顔。2度も家の鍵を失くしてるので、大家に会いたくないのは分かるが、それだけに会っといた方が良いのも事実だ。彼女は去年、ロンドンへの引越しの時に荷物を盗られてやはりパスポート、パソコンなど全てを失い、日本に一時帰国した際は数ヶ月間、家賃をタダにしてもらったこともあるし(そういう、良いところもあるのです、オンカは。)

この家も、かなりの低家賃でおさえてくれているのも、オンカが仕事で成功して、この家のローンも完済してるから・・・とはいえ、もっとがめつい大家だったら、もう少し家賃を取れる条件なのだ。ちなみに、水道光熱費と税金込みで1ヶ月325ポンド(7万円弱)は、ゾーン3の、低所得だけどわりと安全なこの地域ではちょっと破格だったりします。他の日本人に言っても驚かれる事が多い。まあロンドンでは、治安を無視すれば1ヶ月200ポンド(42,000円)とかもあるようですが。

ということで、今日は朝から家の大掃除。エド、ハファ、Kちゃんは庭の手入れ。日焼けがイヤな私は、家中の全ての共有部分に掃除機をかけ、2階のトイレと風呂の大掃除。(1階はトペとソフィアが担当。彼らは他に、家中のモップがけもやってます。)2-3種類の洗浄剤を、混ぜないように気をつけながら(^^;)駆使してピカピカに磨き上げる。2階のトイレの掃除はみんな敬遠するので、私しかやる人がいない。いつもやり始めは「クソー、何で私だけが・・・」とムカつきながら始めるのだけど、最後には「すごーい、ピカピカ♪キャーッ嬉しい、しかもトイレ掃除すると美人になるという話だし・・・やだぁ、これ以上美しくなってどうするの、ウフッ♪」と、誰も言ってくれないから自分でつぶやいて幸せになる、扱いやすい番長です。

・・・が、なんと・・・!

「ねえねえ、オンカに会うの、私達2人だけらしいよ」

Kちゃんの言葉にガクゼンとする番長。あとの4人は、「仕事がある」「予定がある」と断ったそうだ。オンカに会った事のあるエドは別として、みんな、大家に会ってみたいとか思わないんだろうか?まあ、休日でも仕事をしているトペとソフィアは別として・・・。

オンカとしても、たった3日前に連絡してくるくらいだから、断られるのは想定内なんだろう。夕方、携帯に「今日は大丈夫そうか?もしOKなら、イースト・ダリッチで会おう。タクシー代は払う。」とメールが入る。

ええっ、しかもこの家には来ないんすか・・・??

オンカの意図、不明・・・。

せっかく掃除したのに・・・

まあでも、イースト・ダリッチは先月行って、とても素敵な町だと発見したばかりだし、タクシー代払うと言うし、たくさん働いた後で美味しいビールを飲みたいし(←無論、オンカにおごらせる)。

タクシーで行こうかと思ったが、呼ぶのもめんどくさいし、流しをつかまえるのも面倒なので、電車で行く事にした。(よく考えると、電車で行くのが一番面倒だが・・・庶民の番長はタクシーを使うのに慣れてないのです。)

ちょっと早めに出て、Kちゃんとイースト・ダリッチをぶらぶら。そうそう、この町のことも、もっとちゃんと書こうと思ってたんだった。こんな、行列の出来るオシャレな肉屋があったり、可愛く家を守る黒猫がいたりする、こぢんまりした町です。
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「すごい、かわいい町だねー!あのレストラン、素敵ー♪・・・ねえねえ、本当にオンカに会わなきゃダメ?」

ほんとだよね、こんなに晴れて気持ちの良い夕方、何でこんなオシャレな町で、インド人のでっぷり太った抜け目の無い中年ジジイ(←番長とKちゃん共通のオンカ想像図)と飲まなきゃならんのか。(・・・と思う番長も抜け目の無い中年ババアだが。)

指定の時間に指定のパブへ。Kちゃんが

「ど、ど、どーする、あれがオンカかも・・・」

指差す方向を見ると、インド人のでっぷり太った、サイババをもっとヤバくしたような中年ジジイが1人で座っている。本気で、このままクルっときびすを返してしまいたい衝動にかられた。

観念してそのインド人の横を通り過ぎるも、私たちには目もくれない。どうやら違ったようだ。ホッ。

オンカにメールをすると、「5分。」という素っ気ない返事が返ってきた。あと5分待てってか。この国の5分は『15分』って意味だけど・・・

「ねえ、どーする?先にパブに入って飲んでよっか?」
「絶対ヤダッ!!!オンカにおごらせる!!!」

普段のがめつさから、どちらがKちゃんでどちらが番長のセリフか、お分かりいただけたでしょうか、オホホ・・・

と、逡巡しているところへ

「ハロー、K、バンチョウ」

いきなり後ろから声をかけられた。振り向く私たちの目に入ったのは・・・

「え、えええーーーっ!!??」

もちろんオンカその人。でも・・・え、え、こ、これが、ホントにオンカ!?

Kちゃんがこっそり、

「ヤバい、あたし、タイプかも・・・」

耳打ちする。私もびっくりした。何と、オンカは見た目年齢30代前半(実は40歳)で甘い顔のハンサム君、革ジャンをおしゃれに着こなし、「オレ、いかにもモテるでしょ?」というタイプの男だったのである。私もこっそり耳打ち。

「Kちゃん、やめときなさい。」

だって、見るからに遊び人やんかー!!

まあそれはともかく、パブに入る。オンカはあと2人、トルコ系の濃い顔の友人達を連れてきていた。なんだ、本当にただ飲むだけなんだ。てっきり「お前ら明日にもあの家から出てけ」とかいう最後通告かと思ったが。「こんないい天気だからパブで飲もーぜー、でも男3人で飲むのもナンだよなー、あっそうそう、オレん家の賃借人で若い日本人女がいるから呼ぶか、あ、でもそのうち1人は40代のババアだけどよ」みたいなノリだったと思われる。

オ「バンチョウ、何飲みたい?」
番「えーと、ホーガーテン、フーガーデン、ホー、フー、・・・」

どうも私はこのビールの名前をちゃんと発音できないのですが、何とかならないでしょうか。

オ「ゲッ、これは相当強いビールだよ!」
番「あ、あらそうですの?オホホ・・・」

どうりでいつも、これを飲むとぐでんぐでんになるわけだ。

ヤバそうな男3人に囲まれて飲むのはちょっと気になったが、話してみると、案外みんなふつうの面白いヤツらだった。・・・まあ、いいヤツではなさそうだが、「こちらが相手の敵にならない限りは害がない」タイプである。

私は、こういう「背景が違う人たちが初めて一堂に会す」シチュエーションが、実は苦手。何をどうしゃべったら良いか分からないし、警戒心が強すぎて、相手の質問も、いちいち裏の意味を考えたりして、自分の受け答えもぎこちなく、無難だけど全く面白みの無いものになってしまう。

Kちゃんは私と正反対で、こういう場で、自分もリラックスできるし、相手もリラックスさせられるタイプの人だ。いつも、すごいなぁ・・・と感心してしまうし、とても助かる。そうは言っても、Kちゃんも全く天然にこういうことができるのではなく、「なんか雰囲気が硬いから、ここはひとつ、私がバカやって盛り上げよう!」という、必死な気持ちもあるらしい。「本当はそこまでやらなくていいのに、つい状況に過剰反応しちゃうから、自分がバカに見えるし、実際そう見られるし、だから後で落ち込む事もある・・・」という悩みもあるそうだ。うーん、他人が羨ましく思える状況でも、周りに分からないツラさってあるもんなんだね。

まあそれでも、Kちゃんのおかげで楽しい飲み会となった。オンカと友人がどんどんビールを追加してくれるので、つい飲んでしまう。この「ホー、フー」ビールは美味しいけど高いので、こういう、おごってもらえる時に飲まなきゃね!ああ、なんてがめついバンチョウ!

強いビールなんだけど、番長の方が強いので、今日は3パイントも飲んでしまったがほとんど酔わなかった。体調が良いんだろうなぁ。一方、Kちゃんは場を盛り上げるのに必死だったせいか、1パイントでもうぐでんぐでんに。「場所を替えてもっと飲もう」というオンカと友人の誘いを断り、早々に家に帰ることにした。

帰り道、Kちゃんが

「オンカから素敵な話を聞いたよー。オンカは、初めて会った時から奥さんが好きになって、周りから『オマエには無理だ』と言われたけど、『絶対あの子と結婚する』って言い続けて、そうなったんだって。『彼女は時には悪夢だけど、でも今でも本当に愛してる』ってさー、すごい、素敵・・・」

あの遊び人のルックスでその話もちょっとマユツバな気もするが・・・

しかし、相手によってする話も違うもんだなぁ。Kちゃんにはそんな素敵な恋バナしたけど、私がオンカと話したのは

・自分がバーミンガムを出てロンドンに来た時は、20ポンドしか持ってなかった。それから必死に働いてここまでのし上がった。
・番「てめえ、あの家を売るつもりか」
オ「いやいや、それはない。不動産鑑定人の件は心配するな」
・番「今後、イギリスの景気はどうなると思う?貯蓄なら何が良いかな?」
オ「3年間は投資もいいけど、その後はわかんない」

みたいなんばかりだし・・・人間性の違いが出るってこれかしら^^;

しかし、私には

「あの家は売らない。だってあれはオレが貧乏生活からのし上がって、初めて手に入れたんだ、広いキッチンが欲しくて改装したりして、想い出が詰まってる。絶対に売らないよ」

なんて言ってたけど、後でエドに聞いたら、

「あの家は、不法移民を賃借人として住まわせた事があるせいで、ブラックリストに載ってるから売れない」

「オンカは一人の女では満足できない男。奥さんは物凄い美人だけど、他に女がたくさんいる。」

らしいので、うーん、やはりさすがに信用できない男だ。ま、でも、会っといて良かった。「ヤ」の人みたいなもんで、「シロウトさんには手出しはしません」タイプのようなので、「大家と店子」の関係をキープしてる限り、困った事にはならないし、そういう意味で、がめつい大家さんよりはよっぽど付き合いやすいです。

ちなみに、エドがオンカから飲まないかと誘われる時はたいてい、その後であれしろ、これしろと要求されるらしい。というか、そういう事でもなければオンカは誘わないようだ。うん、そのイメージはオンカにぴったり。なので、今回、私達がその後何も要求されなかったのは、彼にとって不思議だったらしい。

「2人がどういう人間か、見ときたかったんだろうな。」

多分その通りだろう。大家とすれば、Kちゃんのカギ紛失が1ヵ月半で2度も続けば確かに心配だろうし、私の事は「Kちゃんの保護者」と思ってるフシがあるので(Kちゃんに、スペアのカギを番長に持っててもらえとか、いろいろ言ってるらしい)、2人揃ってチェックしとこうと思ったのだろうか。

ま、そうは言っても多少は心配なので、いつでも引っ越す心の準備はしておきます^^;
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by bancho55a | 2008-05-10 00:00 | 07.9- イギリス生活 UK

ハウスメイト

5月7日
日本は連休のせいか、仕事が少ない。ということで、今日は自習であります。いつも忙しさに紛れて確認できていなかった事が大量に溜まってるので、まずはそれを片付ける。

その後、オフィスの本棚を眺めていると、うちの会社関連の本をいくつか発見。「○○社流××術」みたいなヤツだ。ちょうど読んでみたかった本なので、しばし没頭。・・・うー、面白いが難しい。

帰宅すると、・・・、、、停電している。電球が切れたか、と思い(こちらの電球は3ヶ月くらいしかもたないのだ)、ベッドの上にスーツケースを置いて、その上によじ登ってフラフラと背伸びしてなんとか交換。こちらの家は天井が高くて開放感があるけど、こういう時、困りますね。

せっかく苦労して替えたのに、まだ電気がつかない・・・ということは、天井部分のブレーカーが落ちているらしい。うげ。それを直すには、床下の暗闇に降りていかなければいかず、そこはゴミとホコリの山なのだ。あの重い床板を上げるのは、唯一の男性、イギリス人警官のエドしかできないし。ところがエドは「オレはやらない。オレは忙しいんだ、誰か他のヤツがやればいい」と言い捨てるのみ。うー、ムカつく。よっぽど「その誰かってあなたのガールフレンドのハファかしら?」とイヤミを言ってやりたかったが・・・

仕方ないので、照明ナシで過ごす事に。これが何と、3日も続きました。


5月8日
午前中に、会社の近くの中国系マッサージ屋さんに行く。Senという、こちらでは有名デパートにも入っているちょっと高めの、漢方薬系も取り扱っている所だ。こういう「おしゃれ」なところはえてして効力が無いものだが、かといって他のマッサージ屋も知らないので仕方ない。

15分で10ポンド、2200円。高いけど、これでも割引の値段なのだ。それでも、だいぶ肩が軽くなった。その後、「先生」に診断してもらう。脈と舌を診て、脾臓が悪いとの事。「ストレスが多い」「眠りが浅い」「いろいろ考えすぎ」ではないかと指摘された。

確かに今日は朝の3時に目覚めてからずっと眠れなかった・・・。眠ろうとすると、ハウスメイトのケンカのことなんかが思い出されてくる。数日前、イギリス人の黒人女性トペが、料理した後、荒熱を冷まそうと、鍋を2つキッチンに置きっ放しにしておいた。冷めたらしまうつもりだったらしいが(実際、トペは「すぐ片付ける派」のタイプ)、エドがそれを見咎めて、早く片付けろと言ったらしい。トペが分かった、と言った数時間後、まだ仕舞われてないのを見て、エドがトペの部屋のドアをしつこく叩いて、早く片付けろと繰り返したらしい。これにキレたトペが、「私のドアを叩かないでちょうだい!」と大声で怒鳴ったのだ。

エドも引かずに言い合いになり、とうとう「それならオマエを追い出してやる。それがイヤなら、自分で出て行け、そして代わりに住む人間を連れて来い!」と言い、しかも大家のオンカに告げ口したとか。

Kちゃんがそれを聞いて、エドに「いや、トペだってケンカしようと思って言ったわけじゃないんだから・・・」とかばったところまでは良かったのだが、「実は彼女は今、体調が悪くて、外で倒れて医者に行ったりしていて・・・」というところまで言ってしまい、エドとハファが「何ですって?そんな精神病の人とは一緒に住めないわ!」「やっぱりアイツは頭がおかしいんだ!」と、火に油を注ぐ結果になってしまったようだ。

私は完璧にトペ派なので、エドとハファの対応にはほとほとあきれた。大体、エドとハファは、この家の古参だからか、いつも我が物顔に共有スペースを使っている。毎日キッチンを数時間占領し(ダイニングにはイスが3つしかないのだが、それを全部外に出して、2人でいちゃいちゃしてるので、ダイニングで食事が出来ないのだ・・・)、共有の棚は独り占め。数ヶ月前に、私のドライヤーの音がうるさいから夜は使うなと言ってきた。(それで、真冬に濡れ髪で寝て風邪を引いた番長です。)

洗濯機も乾燥機も使いっぱなしで放置。毎回、使う前には必ず、中に入っている彼らの服を出して袋に入れておかないといけない。ある日、そうやって彼らの服を出した後で、乾燥機を使い、30分後、キッチンに降りると、乾燥機が止まっている。あれ?45分かけたはずなのに・・・?と思うと、キッチンで勉強していたハファが

「あ、うるさいから消したの。」

これにはあきれた。うるさいならキッチンじゃなくて自分の部屋で勉強しろーーーっ!しかもその時は夜ではなく、真昼。図書館でもどこでも開いてるじゃんか!・・・しかし、この「乾燥機が止められる」事件、わりとしょっちゅうおこるのだ。エドとハファが2人でキッチンでロマンチックに食事をしたい時は、たいてい止められる。ここは共有スペースじゃないのか!!??

そんな感じで我が物顔に占領しているのに(いや、むしろそれだからか?)トペが2時間鍋を出しっぱなしにしただけで過剰反応したので、トペもブチ切れたらしい。あとでトペと話したら、「私も、怒鳴っちゃったのは悪かったなって思ったの。でもいつものあの態度を思うと、つい・・・」と苦笑していた。

なんか、久し振りの愚痴大会になってしまったが・・・。正直、エドとハファの隣の部屋に住んでる私は、細かいストレスがたまってしまうので引っ越したい。(事実、私のドライヤーより彼らの方がよっぽどうるさいです。いちゃいちゃしてる声は階下のキッチンにまで聞こえてくるし・・・)けど、家賃の安さは魅力なのだ・・・。それに、どこに行ってもハウスメイトの問題は生じるし、一人で住めば、今度は安全が気になる。去年の大学寮の時のハウスメイトとのトラブルを思い出すと・・・いやー、エドもハファもまだまだ全然マシなのだ。というわけで、ま、このくらいはガマンなのであります。。。
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by bancho55a | 2008-05-07 00:00 | 07.9- イギリス生活 UK

お宅拝見

5月4日
ウィリアムがナショナル・ギャラリーに行こうと言う。美術に全く興味が無い人なのにそんな事を言うのは、私に気を使ってるんだろうなぁ。いや、恐れているのか。もう番長だとバレたか。

ということで観に行く。美術に興味が無いくせに、説明書きを読んでフムフムと分かったような顔をしているのがケナゲだ。私も正直、ここまで興味が無い人と一緒に美術を観るのは初めてなので心配したが、案外面白いコメントも聞けた。ターナーの絵のところで、「そうか、あの中央の夕日のきらめきに呼応するように、天井からの光が、この金の額縁に当たって輝いているんだな、そういう角度にしてあるのか」と理系な発言をしたりする。オマエは額縁評論家か?と思うほど、この後も額縁コメントが続いた。変なところにこだわりを見せるのが、いかにもイギリス人らしい。

それでも、モネの後期の絵を見て「モネは抽象画家だなぁ・・・」と言うのは、これは実はかなり鋭い発言なのでびっくりした。シロウト侮れず。

興味が無い人をあまり連れまわしても可哀想だし、私も気兼ねしてしまうので、1時間ほど終わり、ランチを食べに行く事に。近くのオープンテラスのタパス屋へ。観光客目当ての店らしく、つくりはなかなかキャッチーだが、味はいまいちで残念・・・。

その後、うちの会社の、エリート様・オフィスに用があると言うのでついていく。ちなみに、社内ではシンプルに「No.1」と呼ばれているビルだ。ここは一度、美術展のチケットを受け取りに来たことがあるのみだ。あ、そうそう、それを詳しく書こうと思ってたのだ。ロシアの美術館から借り受けた絵を展示しているもので、目玉はマティス作品。私は卒論でマティスを取り上げたほどのマティス好きなので、絶対観に行こうと思っていた。

うちの会社の良い所は、クラブ活動を補助してくれる事。私はまだ正社員じゃないので、特にクラブに入ってないけど、一般社員にもその恩恵が回ってくることがある。この時も、この美術展のチケットを補助してくれるとのことで、通常2500円くらいの入場料を、1500円くらいにしてくれたのだ。ということで申し込みし、「No.1」で受け取るようにとの指示を受けたというわけ。

美術展はすごい混みようだった。それでも、勢いのある美術展というのは面白いもので、人混みが苦にならない。むしろ、みんなのドキドキ、ワクワク感が伝わってきて、絵を見る前から興奮してしまうほどなのだ。

マティスに加え、ゴーギャンやその他有名画家の作品も並ぶ。一つ、初めて観るゴーギャンで素晴らしい絵があった。しかし圧巻はやはり、マティス。広告に使われていた「ダンス」も良かったが、「赤い部屋」の素晴らしさときたら・・・!写真で見ていた時にはそれほどすごい絵とは思わなかったが、眼前にどーん!と現れた時は、興奮とショックで一瞬、ワケが分からなくなった。すごい、とにかくすごい。生き物のような生々しい赤い背景、テーブルクロスの模様がいきなり独り立ちして壁を這い回る不可思議さ、その動物のような植物文様と、窓の外の、風景だか壁の絵なのか分からない抽象的な風景の対比。胸がドキドキして止まらない。この絵を所有したい、いつまででも眺めていたいという気にさせる絵だった。

話がだいぶ逸れたが、それが「No.1」に初めて行った時。でも、セキュリティ・カードの登録を済ませていない私は、受付より先に入ることが出来ないのです。今日はウィリアムが一緒なので入れました。

休日だけど、やはりちら、ほらとエリート様達が出社して仕事をしている。こちらのオフィスは7階建て、中央に巨大な吹き抜けがあり、世界地図を模したデザインがされていて、ものすごく威圧感がある。入口の厳重なセキュリティに加え、各階とも、エレベーターを降りたところにまたもやセキュリティ・バーがある。そこまでして守らなければならない秘密も無いと思うのだが・・・。

その後、ウィリアムが物件を見に行こうというのでついていった。ウィリアムはマザコンなので35歳になっても親と一緒に住んでいるのだが、というのは半分冗談で、ドバイ赴任から戻ってきた後、家探しに手間取っているらしい。まあでももういいトシなので、ロンドン市内に家を買おうとしているらしく、最近はヒマさえあれば物件を見て歩いているようだ。

ということで、ゾーン1の東のとある地域へ。多国籍都市のロンドンは、地域によっていろいろ特色があるが、駅から歩いていくと、うーん、これは・・・

ウ「君の住んでるところと比べてどう?」
番「うーん、かなりアラビアだなぁ・・・」

アラブ系の銀行、アラビア文字、行き交う人々まで、とにかくアラビックな感じだ。なかなか違和感がある。

物件は、まだ工事中のマンションだった。担当者と会い、既に建築済みの部屋を見せてもらう。

「へー、広いなー、やっぱ日本とは違うなー・・・」

ダイニングキッチンとベッドルームにバストイレのコンパクトな部屋だけど、日本で私が住んでいたワンルームマンションに比べればさすがに広い(え、比較の対象間違ってますか?)。内装も、どうも毛唐な感じで、おしゃれなんだけど落ち着かない。

「ちょっと狭いかなぁ・・・」

ウィリアムの発言に腰を抜かしそうになる番長。そ、そうなんだ・・・。でも確かに、そんなには広くないので、これで7000万では高い気もする。

結局、ウィリアムは断念。でも、「お宅拝見」好きの番長は楽しかった。こんな体験めったにできないし、物件訪問時に、どんな所を見るのがポイントかも少しは分かったかも。(ボイラー関係をマジマジと見てるあたり、イギリスならではでしょうなー・・・)。あと、5階建ての建物が道沿いに続いて、その端にいきなり2階建ての建物があった場合、そこはなんと、昔、厩舎だった可能性が高いそうです!へぇー、つぅか、コラ、厩舎を住宅に用途変更すな!

その後、公園を散歩してから、私はジャパセンで梅干を買って帰宅。やっぱ梅干が無いと生活が荒れます。日本人だなぁ・・・と実感しますねー・・・。


5月5日
昨日に続き、初夏の素晴らしい陽気。あの暗く陰鬱な秋冬がうそのように、イギリスの春夏は、燦々と日が射し、穏やかな空気に花が咲き乱れ、楽園のようです。

ウィリアムの家のそばの学校が、休日にプールを一般公開していて、私もゲスト・チケットで入れると言うので、行ってみることにした。彼の家はなんとゾーン5、かなり遠い。しかもロンドンの北にあるので、南の私の家からはロンドンを縦断して1時間半もかかるのだ。

駅に着いたものの、今日は祝日のせいか、プールはやっていないとのこと。代わりにウィリアムがピクニックセットを持って現れた。近くの公園に行こうと言う。

公園なんて、私の家の近くにとびきりのがあるよ!と思ったが、行ってみると、これが素晴らしい所だった。柔らかな下草が足に優しく、一面の緑にブルーベルの花が咲き乱れ、ふと木陰から妖精でも出てきそうなほど、幻想的である。

ウィリアムが作ってきたヘタクソなサンドイッチ(チーズとチャツネ入り。あまり美味しくなかった^^;)と、イチゴにリンゴ、ベルギービールで楽しくピクニック。空気がすがすがしい。4匹のイヌが追いかけっこをしながら通り過ぎたり、親子連れが横切ったり、地元の人が楽しんでいる姿が微笑ましかった。

この地域は、一部豪邸が立ち並ぶところらしい。その辺に行くと、「私道」が出てきた。標識が独特だし、舗道が整備されていないのですぐ分かる。そして両脇に並ぶお屋敷の数々・・・。ため息が出るほど大きな家。こんな所もあるのだねぇ・・・。

それならウィリアムの家もさぞかし豪邸なのかと思ったが、「ウチはバンガローで、僕の部屋は2m四方しかない」そうだ。うーむ、貧乏なのか(←自分を棚に上げた発言)。ま、さすがにバンガローはないでしょうが。

帰宅して、Kちゃんと鰻&茶蕎麦の純和風ディナー。いい季節になりました^^
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by bancho55a | 2008-05-04 00:00 | 07.9- イギリス生活 UK